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夕食後、小五郎とテレビを眺めていたコナンは、学習机のCMに、そういえば今日は宿題が出ていたと思い出した。壁にかけられた時計の指す時刻は、午後七時半少し前。いつのまにか三人揃って見ることが習慣となったサスペンスドラマまで、あと三十分ほど時間を持て余すことになる。 確か宿題はカタカナの書き取りだった。三十分もあれば、宿題を終わらせてからテレビに向かうことが出来るだろう。 「ボク、宿題やってくるね」 欠伸をかみ殺す小五郎にそう告げると、コタツから足を引き抜いた。 「…持ってきてここでやればいいじゃねえか」 そのまま歩いて行こうとしたコナンは、時計を見上げた小五郎の発した言葉に思わず足を止めてしまう。 「………え?」 普段から意外なところで細かい小五郎は、勉強は勉強机でやるものだという主張を曲げたことなどなかった。一体どうゆう風の吹き回しかと小五郎を見れば、コタツの中心に置かれたカゴからミカンを取り出し、面倒臭そうに続ける。 「エアコン壊れてんだろ?」 「…あ、そうだっけ」 ここ最近調子の悪かった勉強部屋のエアコンだが、とうとう昨日、まったく動かなくなってしまったのだった。 じゃあそうしようかな、と頷いて、台所へ繋がる引き戸を開ける。こうした肝心なところに気の付く優しさが、恵理や蘭が小五郎を見限ることの出来ない理由のひとつなのだろう、とコナンは思う。 引き戸の向こうで後片付けをしていた欄は、今までの話を聞いていたのだろう、自分も一緒に行く、と言いながら蛇口を閉めた。ここの階段って薄暗くて怖いよねと呟く蘭の怖がりは、未だに治る気配すら見えない。きっとこれは一生ものだな、とコナンは思った。 ランドセルの中から、筆箱と、ノートよりも一回り大きいドリルを取り出す。その瞬間、ひらりと足元に落ちた何かを無造作に拾い上げて、コナンは目を見開いた。 コナンの手の平に収まるほどの小さなカード。その右下に刷られた、人をからかうようなマーク――― (怪盗キッド…?!) 思わず上げそうになった声を、何とか噛み殺す。 一体いつの間に滑り込ませたのか、コナンは苦く思った。最近は一連の事件のせいで、下校時などは特に気を尖らせているつもりだと言うのに。闇を生き抜くためには、まだ甘いと思い知らされた気がした。 目線だけで後ろを振り返り、まだ蘭の準備に時間が掛かりそうなことを確かめると、暗号のない簡潔な文章を読み下す。触っただけで分かるほど上質な紙で作られたそれを、無造作にポケットの中に滑り込ませた。 完全に家の中が寝静まった気配を感じて、コナンは布団から起き出した。着たままだった私服の上にコートを羽織る。玄関に立てかけられたスケートボードを持って、コナンは静かに階段を下りた。 非常階段を上り、鉄柵で出来た扉を開け放つ。冷たい風に煽られながら屋上を渡り、フェンスに背中を持たれて空を見上げた。 眩しいほど輝く月の前に、白い影が揺れる。腕につけた時計で時刻を確かめると、指定された時刻の三十秒前だった。 屋上の真ん中に落ちた影が、だんだんと深いものになる。二十秒前。重力を感じられない動作で、降り立つ。十秒前。流れるような仕草で足を運び、三歩ほど手前で立ち止まる。五秒前。シルクハットに手を当てながら、深く上体を折り曲げる。二秒前。感情の読めない笑みを口元に浮かべて、鮮やかな手つきで取り出した白いバラを一輪差し出す。 「…今晩は、名探偵」 ―――指定された時刻ちょうど。 計算し尽くされた仕草に、コナンは呆れて溜息をついた。その溜息とともに、差し出されたバラを払いのける。 それとは別の手で、コートの下から件のカードを取り出した。今の時刻と足元のビルの名前だけが、流れるような文体で書かれている。 「用件は?」 逆光に目を細めながら顔を見上げると、笑みを深めたキッドが、今度は二輪に増えた白いバラを目の前に差し出してくる。いつにないその行動に眉を寄せて、真意を問おうと再度キッドの顔を見上げた。 「…どうぞ、名探偵」 はっとしてキッドの手元に視線を戻すと、予想通り四輪に増えている。深く溜息をついて、コナンはキッドから白いバラを受け取った。 この怪盗なら、自分が受け取るまで倍に本数を増やしていくくらいのことは遣りかねない。 「…で? まさかこのバラを渡すことが目的じゃないだろうな」 こんなバラを持って帰って、どうやって蘭を誤魔化そうかと考えながら先を促す。捨ててしまうには、あまりにも立派過ぎるバラだった。柔らかな甘い香りに、微笑を誘われそうになる。 コナンの手の中に納まった白いバラに満足そうに微笑んで、怪盗は目線の高さを合わせるように膝を折った。 「今日ここに来て頂いたのは、提携を提案をするためです」 そうして紡がれた思いがけない台詞に、コナンは返すべき言葉に詰まる。 「………提携?」 何とかその一言を返すが、そのあとに言葉は続いて来なかった。 この怪盗は、自分の本来に姿を知っている。恐らく、その裏にある闇の存在にも気が付いているだろう。そして、こんな提案を持ちかけると言うことは、キッド自身も何らかの形で組織と関わりを持っているに違いなかった。 キッドが組織の仲間だという考えは、コナンの中では成り立たない。数えるほど僅かな接触しか持たないが、コナンは決して闇に惑わされない潔白さをキッドの中に感じていた。 それは、あの組織と対極に位置するものだ。 「これからの名探偵にとって、私の持つ力は必ず役に立つはずです」 そう続けられたキッドの言葉に納得する。人を殺さないことを信条としていようとも、闇の世界で生きているキッドならば、警察やコナンでは踏み入ることの出来ない場所まで行くことができる。 ―――けれどそれは、今でさえ危険な位置に身を置くキッドを、それ以上の危険に晒すと言う事でもあるのだ。そのことが、コナンの決断を鈍らせる。 「…身を挺して、オレを助けるとでも言うのかよ?」 「名探偵がお望みなら、もちろんすぐにでも伺いますよ」 決断を少しでも先送りにしようと、コナンはキッドの言葉の意味を混ぜ返す。そんな自分の迷いを見抜いているのか、キッドは安心させるような笑顔を浮かべてみせた。それでも、モノクルに隠された瞳の奥の、確かな光は揺るがない。 ここで、もしコナンが提案を受け入れなかったとしても、キッドは組織を追うことを止めないだろう。それならば受け入れる以外の選択肢はない、とコナンは思う。 残る迷いを溜息と共に吐き出して、コナンは手元のバラに目を落とした。 「それでこのバラか………」 肯定のつもりなのか、更にもう一輪のバラを差し出す怪盗に呆れた溜息を落として、寄りかかっていたフェンスから体を起こした。コナンの行動に少し戸惑いながらも、それに合わせるようキッドも立ち上がる。コナンはそのキッドの手から白いバラを受け取った。 「名探偵?」 「…提携を組むのなら、まずは用心深い主治医の信頼を得ることから始めてもらわないとな」 非常階段に向かって歩きながら、返事を促すキッドにそう告げた。開け放したままだった扉をくぐたところで、足を止めて背後を振り返る。 「とりあえず、このバラは受け取っておいてやるよ」 最敬礼をする怪盗を横目に、コナンは階段を下りた。 翌日、学生証やら保険証、はては母子手帳までもを所持した高校生が小学校の校門に現れる。信頼を得ようと思って、と悪びれなく笑うその学生にコナンは頭を抱えるハメになるのだが、それはまた別の話である。 END |
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ほとんど書き直しました〜。コナンは頭の良い人たちの話なので、やたらと気を使います(使ってこんなもんか)。 ちなみに諸説紛々ありますが白バラの花言葉は「わたしは貴方に相応しい」です。 最後まで読んでくださってありがとうございました! 雛谷色葉(20050212:日記にて公開、20050325:アップ) |