目的地に向かう途中で立ち寄った小さな街の古びた図書館は、一軒家ほどの大きさで外観は体当たりで解体できそうに古かった。
 あくまでも地域の人を対象としたような図書館では、自分たちの求める内容の書物がある可能性は少ない。それでも崩れそうな門をくぐってそこへ入ったのは、繁華街もないこの場所で、昼食までの空いた時間を潰すことが目的だった。
 ………はずなのだが。

「思ったより長居しちゃったね。」

「そうだな………。」

 折れそうなノブを、慎重に回して門をくぐる。アーチに頭をぶつけないよう腰を屈めながら言うアルフォンスに、エドワードは空を見上げながら頷いた。



 まったく期待せずに覗いたが、置いてある書物は古びた外見からは想像も出来ないほど豊富だった。所狭しと詰め込まれたそれらに、アルフォンスは感嘆のため息を、エドワードは見かけによらないモンだな、と素直な感想を漏らした。
 そのあとは、没頭してしまえば時間など省みない兄弟のこと。
 珍しい文献や錬金書を読みふけるうちに、気が付けば昼時をとうに過ぎていて。根が生えたように動こうとしないエドワードを、アルフォンスは昼食の後にまた来ると言う約束で何とか図書館から連れ出したのだった。

「雨、降りそうだなア。」

 くぐり抜けた門の先で兄弟を迎えたのは、湿気を帯びた生暖かい風。
 重い色の空を見上げたままそう言うと、アルフォンスが顔を上げたのだろう、すぐ後ろで金属のぶつかる音が響く。そうだね、というアルフォンスの返事を聞いてから、エドワードは視線を降ろした。

「ヨシ、さっさと昼飯すませるぞ。」

「もうお昼って時間でもないよ、兄さん。」

 アルフォンスの苦言を誤魔化すように笑いながら、少し早足で歩き出す。
 そうして、宿まであと半分ほどの所に差し掛かったとき。

 カツン。

 そんな硬質な音が、エドワードの耳に届いた。
 アルフォンスの体に雨が落ちた音だ、と認識するよりも早く、それは自分の体にも降り注ぐ。

「降ってきやがった…!」

 大粒の雨は、踏みしめられた土の色をあっという間に変えていく。

「兄さん、急ごう!」

「おう!」

 自分よりも一歩先に走り出したアルフォンスの背中を追いかける。まだ降り出したばかりだというのに、すでに足下はぬかるんでいて、足を着くたびに泥水が跳ね上がる。靴の色を変えていく泥に舌打ちをして、更に速度を上げるようアルフォンスへ呼びかけるために、少し先にある背中を見上げた。

 「―――、」

 声を上げようと開いた唇は、けれど息を吸い込んだだけで閉じてしまう。



 周りにとけ込むような重い色の鎧。
 表面を流れる沢山の水。
 雨の向こうにある霞んだ背中。



 ぞくり、と何かが背筋を這い上がった。雨に濡れたためだけでなく、体温が急激に下がる。

「アル!」

 気が付いたときには、鋼の指を伸ばしてアルフォンスの腕を掴んでいた。強く腕を引かれて急停止した目の前の体が、ガシャ、と鈍い悲鳴を上げる。

「兄さん?!」

 突然の行動に驚くアルフォンスには返事を返さず、目に付いた屋根の下へ引きずり込む。二人の体から落ちる水が土を濡らしていくのを見ながら、エドワードはしばらく動くことができなかった。
 雨に濡れたくらいで、自分の結んだ血印が壊れることは有り得ない。そんなことは自分が一番分かっている。
 それでも、不安なのだ。

「………どうしたの?」

「別に、…どうも。」

 答えてから、なんて考えのない言葉だろうと後悔する。こんな言葉をいくら言っても、アルフォンスの心配は増えるだけだ。自嘲とともに体の力を抜こうとして、ようやっと自分がアルフォンスの腕を加減なく掴んだままだと言うことを自覚する。

「あ、悪いっ………、」

 謝罪と同時に焦って手を離す。そのあとで、自分の今の言葉が、相手の痛みに対して謝ったのだと気付き、はっとアルフォンスを見上げた。

「…大丈夫だよ。」

 自分を見下ろすアルフォンスから落ちる声は、表情が見えなくても、確かに微笑んでいることを感じさせる優しいものだった。

 けれど、振動に流れた水がその頬を伝って。

 エドワードは、今離したばかりの腕をもう一度掴むと、アルフォンスの体を引き寄せた。首に手を回してその肩に顔を埋める。

「兄さん?」

「………うん。」

 泣くな。そんな自分勝手な言葉を吐いてしまいそうな唇をきつく噛み締める。泣くはずがない。泣けないのだ。そうしたのは他ならない自分だ。頬に当たる冷たさを少しでも多く感じるために、エドワードは首に回した腕に更に力を込めた。

 母が帰らぬ人となった日も、その人を作り直そうとした日も、澄み切った青い空に真っ白な雲が浮かぶ、気持ちの良い晴天だった。それなのに、雨を見ると、なぜかその日のことを思い出した。
 熱を持った右肩から、鈍い痛みが全身に伝わる。
 エドワードは、その痛みをアルフォンスに悟られないよう、右の掌を堅く握りしめることで耐えた。

「アル。」

「…なに?」

「………アル。」

 まだ弱まらない雨の音に、負けないように名前を呼ぶ。背中に腕を回しながら、うん、とアルフォンスが頷いた。






END.



 初★エドアル。色々色々詰め込みすぎました…(泣)。お題に沿ってるようで沿ってない…。ああ空回り(いつものこと)。

 最後まで読んでくださってありがとうございました!
雛谷(20040101)



 これを書いたときの自分は、このあとのお題に『雨』があることを忘れていたんだろうなあ…。移転にあたり、手を加えました。

雛谷色葉(20050325:加筆修正)