LISTEN TO MY HEART







 何を見てるの?
 向かい風 その向こうに
 どんな未来画を ひとみ細め 描くの?










「望ちゃん!」

 空に面した廊下の、遙か向こうにいる友人へ声を投げかける。立ち止まって辺りを見回す太公望に、普賢は大きく手を振ってみせた。
 太公望が手を振り返すのと同時に、床を蹴って走り寄る。

「普賢。」

「久しぶりだね。」

 最近は、専らこっちの都合だったけれど、顔を合わせることが少なくなっていた。会わないからと言って友情が薄れる事はないが、同室で生活していた頃を思うと、やはり寂しさがある。
 そんな訳で、普賢も太公望も、顔を合わせたときの交流を大事に思っていた。

「望ちゃん、このあと暇?」

「暇ってなあ…、修行があるに決まっとるだろう。」

 呆れたような顔で、溜息と共にそう返してくる。流れてくる噂とは正反対なその台詞に、普賢は思わず言葉に詰まった。

「…修行って言ったってどうせ瞑想でしょ?」

 どうせってお主、と反論しようとする太公望に顔を近づけて、その台詞を遮る。そして訳もなく小さな声で、瞑想のフリをして昼寝してるって噂、有名だよ、と囁いた。
 一瞬の間の後、太公望は罰の悪そうな顔をする。

「ね?」

「………しょうがないのう。」

 ふう、とわざとらしく溜息をついて見せた太公望に、二十分後にあの場所でね、と告げて別れた。






 右手に持っていた酒瓶の紐を口にくわえると、左手に抱えている摘み―――篭一杯の桃であるが―――を潰さないように気を付けながら岩場を降りていく。目的の場所に足がつくと、普賢は詰めていた息を吐いた。

「…ふう。」

 何度降りてきても慣れない、と思う。
 ―――両手が開いている状態だって危ないような所を、荷物を抱えて降りるから、と言うのが最大の原因なのだが。

 摘みやら酒瓶やらを足下に置くと、自分もそこに腰を下ろす。この場所には、陽の光は届くが、普賢が足場にしてきた瓦礫やら植物やらが手伝って人の目が届くことはない。
 まだ普賢が十二仙に昇格する前、太公望と二人で歩き回っていたときに偶然見付けた場所だった。
 見付けてから三十年近く経っているが、未だに二人しか知らない場所である。『あの場所で』と言ったときのくすぐったいような感覚が普賢は好きだった。






 ぼんやりと空を眺めていた普賢は、頭上から落ちてきた酒瓶の揺れる音で我に返る。背中を預けていた岩から離れて上を見上げると、岩を降りる太公望が見えた。

「望ちゃん。」

 驚かさないように名前を呼んで、上に向けて手を広げる。それを見た太公望は、片手にある摘み―――飴やらあられやら―――の入ったかごを投げて寄越した。
 それらを上手く受け取って、自分の持ってきた摘みと同じ場所に降ろす。両手を使えるようになった太公望は、いくらかスムーズに岩を伝い、軽い音を立てて着地した。

「ふー。」

 口にくわえていた酒瓶の紐を外すと、太公望も詰めていたのであろう息を吐き出した。その自分と同じ動作に喉の奥で笑いながら、膝に置いた杯に酒を注ぐ。
 自分の隣に腰を下ろした太公望にひとつを渡すと、太公望は手の平の埃を払ってからそれを受けった。

「お疲れ。」

「お互いにな。」

 乾杯、と言い合ってそれに口を付けた。






「さっき、何を見ておったのだ?」

 あられを選んでいた手を止めて太公望の方に顔を向ける。太公望は杯を膝の上に乗せながら、器用に酒を注いでいた。

「…さっき?」

「わしがここに降りてきたときだよ。」

 言い終わると同時に、太公望は酒瓶の蓋を閉める。ああ、と頷いて、手に取ったあられを二つ口の中に放り込んだ。
 それを飲み下してから口を開く。

「空を見てたんだよ。」

 そう言いながら、視線を前に向ける。崑崙山の側面に位置するこの場所からは、前を向くだけで空を見ることが出来た。

「………空を?」

 不思議をそうに普賢の言葉を反復して、太公望も視線を前方へ投げかけたようだった。
 遥か下方を流れる雲は、その下の天候を窺うことを許さない。たとえそれが天災と恐れられるようなものであったとしても、ここに広がるのは澄み渡った青空だけだ。

(―――まるで、仙人界みたい。)

 人間界では今この瞬間にも飢えや疫病に苦しみ、失われていく命があるのだろう。だがその原因の仙人界では、そんな悲惨なことなど思い浮かばないほど静かな時間が流れている。

「風も強くないし暖かいし、いい天気だよね。」

 この空に違和感を感じていたのは遠すぎる過去で、それより前に見ていた空など忘れてしまった。
 いつから、これが当たり前になったのだろう。



 瞑想のフリをして昼寝をしている、と言う噂が嘘だということを普賢は知っていた。自分が誘ったのでなければ、修行を休んだりしなかっただろう事も、自惚れではなく分かっている。

 明日、自分が異を唱えなければ、太公望の望んでいる通りに事は進むだろう。

 太公望の望みを叶えたいと思う。けれど平然と頷ける自信がなかった。だから、あの廊下で太公望を待っていた。真偽を確かめる訳ではなくて、嘘に騙されるために会いたかった。
 杯を持つ手は自分より一回りも小さい。なぜ彼なのだろう。



「まさに絶好の昼寝日和だのう。」

 空へ向けてそう呟いた太公望に、仕様がないなあ、と普賢は笑った。










END



(Song by BoA『LISTEN TO MY HEART』)



 一度で良いからやってみたかった、歌詞から妄想ホモ小説。歌詞をシカトして独走しているあたり泣けてきます。でも続きます。続くと言っても、この設定の二人でもう一本書くと言うだけなのですが(痛)。

 最後まで読んでくださって有り難うございました。

色葉(20030328)



 続く予定だったらしいのですが、時間が空きすぎて話の構成自体を忘れてしまったので断念しました(うわあ)。無駄な部分が多いなあ。移転に際し、手を加えました。

雛谷色葉(20050325:加筆修正)