夢(ゆめ)







 見る影もなく積み重なる瓦礫。その上に倒れたまま動かない人々に抵抗のあとは見えなかった。圧倒的な力に怯えた彼らの表情に、虐殺という言葉が頭に浮かぶ。

 人間界に残してきたはずの武成王を、再び見たのはそんな中だった。






 切り取られた空間の向こうに広がるのは、いつか見た堅固な城壁―――禁城。死の霧と雨に満たされた空間の中で、殷の軍師とかつての武成王が向かい合う。仙人骨があるとはいえ、剣の一振りも持たずに聞仲と対峙する飛虎に、勝ち目があるとは到底思えなかった。

(彼は、決して逃げずに死のうとするだろう。)

 悲痛に叫ぶ息子たちへ、空間の支配者は、決して外から入ることは出来ない、と言った。笑みさえ浮かべながら、けれど中から出ることは自由だ、と。

(たとえ勝てなくとも、確実に力を消耗させることができる。)

 容赦なく振るわれる禁鞭に、武器を持たない飛虎は避けることも出来ずに傷付いていく。強まる雨が更にその傷口を深く抉って、力よりも思いを強く込めた拳を聞仲に投げたあと、飛虎は言葉もなく崩れ落ちた。

(もし、傷一つ負わせることなく、彼が死んだとしても―――)

 唯一と思われた手段も為らず、望みとなる味方も潰えた今、縋るような声で叫ぶ声を聞きながら、出来ることは、目を逸らさないことだけだった。

 立ち尽くす聞仲に縋るようにして立ち上がると、もうかつての殷はないのだ、と静かな声で飛虎は告げた。



(彼の死は、必ず堅固な意志を崩す足掛かりとなる。)






 子供たちの声は聞こえていただろうに、最後だと覚悟した彼が呼んだのは自分の名前だった。こちらを振り向かずに、後を頼む、と彼は叫んだ。

 赤い霧に阻まれて、その顔を見ることは叶わなかった。










雛谷色葉(20040505)