|
現(うつつ) 何かを祝福するような澄み切った空を背負って、天化は静かにそこにいた。踞っていた体がぐらりと傾いたのを見て、弾かれたように駆け寄る。登り始めた朝日を反射する血だまりは、まだひとつも魂魄が飛んでいないことを不思議に思わせるほどの量だった。 力の抜けた体を抱き起こす。されるまま自分の胸にもたれた天化は、肩に添えた手を力無く掴むと、ともすれば空気に解けてしまうような声で、我が侭を言って悪かった、と言った。 喉がひきつれて上手く言葉がでてこなかった。すまぬ、と無意識のうちに紡がれた声は、情けなく震えていた。 急速に冷えていく体温を確かめるように、光に霞む体を強く抱き寄せる。無意識のうちに紡がれた言葉が、いったい何に対するのか自分でもわからなかった。 謝られる資格など自分にはない。許しを請う資格すら、自分にはないと思った。 自分の手元すらよく見えないような暗闇の中、聞こえてきた蹄の音に静かに目を開けた。目蓋の裏に残る夢を追い払うように、ゆっくりと瞬きを繰り返す。心配げにこちらを伺う四不象へ、安心させるように笑いかけた。 (かの王は、二度と失われた力を使うことはできないだろう。) 馬の背から降りてすぐに、天化は自分たちに気付いた。遅かったな、と声をかけると、苦しげに歪んだ顔で、形見となってしまった宝剣を静かに構える。 道を譲ってくれ、と言う天化の懇願を、自分は一凪ぎで払いのけた。 (気力も体力も、ひどく衰えたことは違いない。) 剣を跳ね返した力の差と、謀反、という言葉で、天化の瞳に影が揺れる。それでも、時間がない、と苦しそうに叫びながら宝剣を握り直す手に迷いは見えなかった。 何かを残したいのだ、と言った。このままでは死ねない、と言った彼の声は、もう悲鳴のそれと同じだった。 (けれど、武王が無傷でいるためには―――) 振り下ろされようとする宝剣の光を消し去ろうと、太極図を構える。だが、その印が結ばれるよりも前に、天化と自分の間に空間の歪みが起きる。 行かせてやれ、という笑い声と共に天化は姿を消した。 (まだ、足りない。) >>>幻 |
|
雛谷色葉(20040505) |