ねがいごと。







 決して、叶わない夢ではないはず。決して、望んではいけない夢では、ないはずなのに。
 それでも、それすら、自分には過ぎた夢だと言うのだろうか。
 血の味のする唇を、容赦なく噛み締める。何度も口にしたソレを、けれど声にはせずに、心の中で繰り返した。



 ―――ずっと、一緒にいよう。










「お。」

「あ。」

 左手に摘み、右手に酒瓶。そんな自分とまったく同じスタイルで数メートル先に立っているのは、数少ない同期である、ついこの間十二仙に昇格した普賢真人その人で。
 最近は研究やら修行やらで洞窟に篭もっている普賢と、こんな場所で鉢合わせるとは思ってもみなかった。珍しいこともあるものだ、と思いながら、ヒラヒラと手を振ってみる。
 …両手に物を持っているので、正確には手ではなく酒瓶を揺らしたのだが。
 それでも嬉しそうに笑って同じように酒瓶を揺らした普賢は、自分からは近寄って来ないであろう太公望の性格を見越して―――そこが可愛い、と思われているなんてことは、もちろん太公望は知らない―――駆け寄ってくる。

「こんな時間にどうしたの?」

「…おぬしもな。」

 自分のことを棚に上げて聞いてくる普賢にそう返すと、それもそうだねと肩を竦めて見せた。そんな反応を後目に、ペタリと地面に座り込む。
 摘みを抱えたままで、酒瓶の栓を抜くために口で手袋を引き抜く。そして、栓に手を当てて力を込める。
 きゅい、ぽん。
 意味もなく陽気な気分にさせてくれる音を耳に感じつつ、それと同時に鼻腔をくすぐる匂いに自然と笑みが漏れる。…このあたりが酒豪と呼ばれる由縁なのだが、まあ今は関係のない話である。
 胡座をかいた膝の上に杯を置くと、そこへ器用に酒をついだ。
 そこで未だ突っ立ったままの普賢に気付く。どうかしたのかと見上げれば、ヤケに遠慮がちな声で、

「…隣、良い?」

 などと言ってのけた。



「………は?」

 何を言い出すのだろうか、この男は。
 いや、別に嫌だと言う意味ではない。断じてそれはない。そうではないのだが。
 …なんと言うか。普賢とは、部屋に入るときでも、それどころかベッドの中でも断りを入れずに入れるような、…まあ、つまりそうゆう仲だったりする訳で。

 そんな関係の―――いわゆるコイビト、にそんなことを言われると、逆に座りたくないのかと思ってしまう。

 そんなことを考えながら普賢の顔を見上げていると、それが顔に出たのか、普賢は苦笑しながら地面に腰を下ろした。

「…緊張しちゃって。」

 久しぶりだし。そう付け足して、隣に座った普賢は、ひょい、と太公望の手から酒瓶を取った。太公望と同じように胡座をかいた膝へ杯を乗せて、ゆっくりと酒をついでみせる。

「…きんちょう? ナニに?」

「望ちゃんと会うのに、だよ。」

 乾杯、とヤケに嬉しそうに杯を持ち上げる相手を見遣って、何がメデタイのだと呟けば、更に嬉しそうに一ヶ月振りの再会記念に決まってるじゃない、と返してきた。
 その表情が、まるで自分がこの一ヶ月間ずっと、会いに行こうかどうか迷っていたのを見透かされているような気がして。血が上った顔を隠すために、顔を背けて酒を呷った。










 酒瓶を傾けて、最後の一口を飲み干す。その酒瓶を勢いよく地面に置くと、ごろんと転がって隣の空瓶にぶつかった。

「…っ、あー飲んだのう!」

「…てゆうか望ちゃん、飲み過ぎだよ。」

 普賢が呆れたように言う。その言葉通りで、二本有った酒瓶のうち一本半は太公望の腹に収まった。

「こんなの飲んだウチに入らぬ。」

 そんな視線を無視して後方に背中を倒す。足も手も投げ出して、大の字に寝転んだ。隣で苦笑していた普賢も同じように寝転ぶ。

「今度、弟子とるんだ。」

「………、」

 何の前触れもなく切り出されて、意味もなく一瞬反応に詰まってしまった。おめでとう、と言おうとして、それも変かと相づちを打つだけに留めておく。またしばらく会えないのだな、なんて思った自分を隠すために、あくまでも平然と。
 なのに見透かされているように沈黙が降りて、居心地の悪さを感じた太公望は摘みに持ってきた桃をかじった。チラリと隣に視線を送れば、その視線に何を思ったのか、

「大丈夫、浮気なんてしないから!」

 なんて台詞を満面の笑みとともに返されてしまって。
 思いっきり、咽せ返った。

「望ちゃん一筋だって言ってるのに、そんな心配そうな顔しないでよ。」

「しとらんわ!」

 照れないでよ、と返されて、一気に顔に血が昇ったのが分かった。なんでこうも人の考えを見抜くことに長けているのか。以前そう聞いたら、望ちゃんの事なんだから分かるよ、なんてフザけた台詞を返されたことを思い出す。
 それで更に顔が熱くなるのを感じて、自分もすでに重症だと自覚した。それでも素直に認めるのは悔しくて、反論しようと隣へ顔を向ける。

 その瞬間、唇に重ねられた、普賢のそれ。



「………っ!」

 ベリっという効果音が付きそうな勢いで顔を離す。
 その反応が可笑しかったのか、仕掛けた張本人は、元通り仰向けに寝転んで、額に手を当てて笑っている。このあまりにも理不尽で不可解な展開が気に入らなくて、未だ笑っている普賢へ怒声をぶつけようとした。

「ずっと一緒にいようね。」

 それを遮るタイミングで、普段より少しだけ低い声が響く。

 …自分はこの声に弱い。
 無意識ならまだしも、そのことを確信してこの声色を使ってくるコイツは、本当にズルイと思う。そして、そう思っていても素直に言葉に詰まってしまう自分が、本当に情けないとも思う。

「…ずっと一緒に、いようね?」

 言葉に詰まった太公望を楽しげに見遣ると、更に続ける。
 その表情を睨め付けて、普賢の方へ向いている上半身を乱暴な動作で仰向けに戻した。自分の横顔に感じる視線を無視して、手袋を外したままの手で前髪を掻き上げる。 自分の手の向こうに見える月へ視線を向けたまま。
 静かに、口を開いた。

「…そうだのう。」










 ずっと、一緒にいたい。
 叶えて欲しい願いは、…ただ、それだけ。

 それなのに、それすらも叶わないのかと、痛いほどの光を感じながら、思った。






END



えー時は普賢さん自爆のとき(…どの辺が?とか突っ込んだらいけません。痛)。
…いえ、つらつらと書いていたら、初め予定していた話の展開をサッパリ忘れてしまい、行き当たりばったりで話を進めたら冒頭と繋がらなくなってしまいました(笑)。
なんだか淡泊なオハナシですね…おかしいなあ…。

最後まで読んでくださってありがとうございました。
色葉。(20020616)



 この淡い文字の色いいなあ。サイト移転に際し、手を加えました。

雛谷色葉(20050325:加筆修正)