君に会いに行こう。







「今日は晴れそうっスねえ。」

「そうだね!」

 その会話を聞いて、太公望は手元の書類から顔を上げた。その先では、四不象と武吉が欄干から身を乗り出して―――片方は体全体が宙に浮いているのだが―――空を見ている。
 その向こうに広がる夕焼け空には雲ひとつなくて、まあ確かに晴れるだろうな、と太公望は思う。
 そして、感じた違和感に首を傾げた。
 もう一日も終わるだろう頃に、『晴れそうだ』とはどういうことだろうか。正確に言うなら『晴れていた』ではないのか、と考えると同時に口にも出すと、武吉と四不象は本当に意外そうな顔でこちらを振り向いた。そんなにおかしなことを言っただろうか、と、太公望は更に首を傾げる。
 すると、先に我に返ったらしい武吉が、まだ唖然としている四不象の代わりに口を開いた。

「だってお師匠さま、今日は七夕じゃないですか!」



 たなばた【七夕・棚機】
 五節句のひとつ。7月7日に行う牽牛星と織女星を祭る行事。庭に竹をたて、五色の短冊に歌や字を書いて枝葉に飾り、裁縫や字の上達などを祈る。(「辞林21」より)



「―――………ああ!」

 ぽん、と手を打つ。やっと戻ってきたらしい四不象が「遅いっスよ」と呟いたが聞こえなかったことにした。

「すっかり忘れていたのう。」

 手に持っていた書類を机に置くと、椅子から腰を上げて武吉たちの所へ歩いていく。部屋から足を踏み出すと、この時期独特の風が頬をなでた。
 武吉たちに並ぶと、欄干に背を預けて腰を下ろす。お師匠さま、と心配を滲ませた声で武吉が呼んだが、それには答えず首だけを動かして空を見やった。

「もうそんな時期か………。」



 初めてここに降りてきたときは、頬を切り裂くように冷たい風が吹いていた。自分の力を過信して、取り返しの付かないあやまちを犯したときも、身を包む空気は凍てつくようだった。

 まるで、自分の無力さを責めるように。

 風は暖かくなり、日も長くなった。それだけの日が流れた。けれど、現状は何一つ変わっていない。
 そう思うたびに、何をしているのだと自分を責める声が聞こえるような気がした。そんな暖かいところで、なにを―――



 トン、と左肩に軽い衝撃が走って、思考が掬い上げられる。左を振り返ると、隣に腰を下ろした武吉と目があった。隣へかがんだときに肩が当たったらしい。

「お師匠さま、お忙しいですから!」

 気付かなくても仕様がないですよ、と続いた言葉に、四不象が同意する。

「そうっスよ! ご主人はちょっと働き過ぎっス。七夕も気付かないなんて、そうとう疲れてる証拠っスよ。」

 寄せられる裏のない気遣いに思わず口元が緩む。本来なら憎まれて当然の立場であるのに、向けられる屈託のない優しさにいつも救われていた。
 そうかもしれないのう、と頷いて立ち上がる。

「………ところで武吉、家には帰らなくて良いのか?」

 半分以上沈んでしまった夕日を振り返りながら言うと、武吉は弾かれたように立ち上がった。

「忘れてました! 今日はお母さんとお祝いをするんだったのに!」

 今からなら走れば間に合う!と焦ったように叫びながら、太公望の方を振り返る。

「それじゃあお師匠さま、また明日!」

「うむ、遅くまですまなかったな。気を付けるのだぞ。」

「ハイっ!」

 元気よく頭を下げると、戸惑うことなく欄干から飛び降りる。そして天然道士特有の―――それだけで片付けて良いものか迷うところではあるが―――運動神経で着地すると、まさに目にもとまらない速度で駆けだした。
 そしてあっという間に視界から消えてしまう。その後ろ姿を見送ってから、太公望は四不象と共に部屋の中に引き返した。










(七夕か………。)

 元の机に戻り、手元の書類に目を落としながら、そう言えば、と思う。仙人界にいた頃は、どうやって過ごしていただろう。
 もともと行事には熱心な方でないし、いつもと変わらず過ごしていたのかもしれない、と考えかけて、太公望はそれを否定した。

 ―――七夕しよう、望ちゃん!

 そんな声とともに、毎年押し掛けて来たヤツがいたことを思い出した。同室で生活していたときはもちろん、あちらが十二仙に昇格してからも、七夕になると立派な笹を抱えて―――笹の出所は未だに謎だ―――部屋にやってくる。
 今年のように普賢に知らされずに七夕に気付くなど、大変に珍しいことだった。もしかしたら仙人界にあがって以来、初めてのことかもしれない。
 そんなことを思い出していて、ふと湧き上がった疑問。

(………今年はどうするのだろう。)

 普賢は、誰と七夕を過ごすのだろうか。



(ひとり、で………?)



 弟子と過ごすことも考えられたし、十二仙のだれかといる可能性だって十分にある。でも、太公望は、普賢はそうしないだろうと思った。もうそれは確信に近い。
 自分でも不思議なほどの強さでそう感じた。

 同時に、自分でもよく分からない衝動が体の内を支配した。

 手元の書類に落としている視線が、同じ場所から進まなくなってしまう。大人しく座っていることすら困難なほど心がざわついていた。
 そんな自分に苦笑しながらも、書類を投げるように机に落として椅子から立ち上がる。

「スープー! 出掛けるぞ!」

「へっ?! 今からっスか?!」

 突然訪ねたら、どんな顔をするだろうか。楽しげに口元に笑みを敷いた太公望は、ほの暗い空へ飛び出した。






END...



 色々と捏造。とりあえず………普太? 普賢がひとかけらも出てきませんよ!(汗) その代わり(?)武吉とスープー初書き〜。管理人は武太も好きです(節操なし)。

 最後まで読んでくださってありがとうございました!

管理人、雛谷色葉(20030718)



 太公望が会いに行くと普賢はいなくて、探し回ったあげく普賢は熱出して雲中子のところで寝込んでいるのを発見したりとかするんですが、話が長くなりすぎるのでカットしました。

雛谷(20030928:トップより移動)



 内容ないくせに無駄に長いな!(汗) サイト移転に際し、手を加えました。

雛谷色葉(20050325:加筆修正)