ジャック・オ・ランタン






「………っ、」

 ソファに座って雑誌をめくっていた翼は、足下から聞こえた息を詰める声に手を止めた。翼の足のすぐ横で、床に直接座り込んでいる将へ目を向ける。
 背中しか見えないが、先ほどまでは一心不乱に動いていた手が止まっていた。そんな将の姿から導き出された結論に、翼は小さくため息を付く。

(だから気を付けろって言っただろうに………。)

 将が抱えているのは手の平に乗る大きさのカボチャだ。翼がここに来る以前から、日本では馴染みの薄いハロウィンである今日にお約束な、ジャック・オ・ランタンを削っている。
 危なっかしい手つきで削られていくそれに、つい先ほども気を付けろ、と忠告したばかりだったのだが。

(ったく。)

 どうやらそれは意味をなさなかったようだ。
 それに対する罪悪感があるのか、将は一向に動こうとしない。

「将?」

 どうかしたのか、という意味を込めて呼びかけると、びくり、と背中が揺れて、将がゆっくりと振り返る。

「………あ、いえ…、なんでも、」

 明らかに動揺した口調で、握りしめた左手を隠す。相変わらず嘘が苦手な将に、翼はもう苦笑するしかない。

「何でもないわけないだろ?」

 見せてみな、と手を伸ばす。

「あの、ホントたいしたことないですから…、」

「将。………ほら。」

 言い募る将の言葉に被せるように呼びかけながら、更に手を伸ばす。数秒の間の後、ためらいがちに隠されていた左手が差し出された。
 傷は人差し指の間接に浅く一筋走っているだけで、将の言った通りたいしたことはないようだった。

「…ああ、これならたいしたことないね。」

「はい、大丈夫ですから。」

 安心した口調でそう返されて、翼の口元にあまり質のよろしくない笑みが浮かぶ。

「………でも消毒はしないとね?」

 妙な菌が入ったら困るだろ、と言うと、翼の考えにまったく気が付いていない将は何の疑いもなく頷く。

「じゃあ救急箱を………っ?」

 立ち上がった将に歩いていくことを許さず、引き寄せて自分の隣に座らせる。翼の行動をまったく予期していなかった将は、大人しくソファの上に収まった。

「つっ、翼さん?」

「どこ行くの?」

「え、救急箱を…、」

 そこまで言いかけて、将はようやっと翼の顔に浮かぶ表情に気付いたらしい。身の危険を感じた将が手を引こうとするが、逆に強い力で引き寄せられて、ただでさえ近い翼との距離が更に縮まってしまう。

「………いらないだろ、そんなの。」

 何、と思う間もなく、うっすらと血が滲んだ傷にキスを落とされる。その光景を唖然として見ていた将は、ちくり、と人差し指をさした痛みに我に返った。そして、面白いくらいに顔を上気させる。

「なっ、なに考えてんですか翼さんっ!」

「何って…悪い子にはお仕置きでしょ?」

 忠告を無視したことを匂わすと、う、と将が言葉に詰まる。

「…そっ、そんな行事じゃないです!」

 それでも何とか言い返して、引き抜こうとした手はまたしても失敗する。指に唇を這わせたままで見上げられて、体温が更に上がる。

「じゃあ…Trick or treat?」

「お菓子なら机の上にあるでしょう…?!」

「いらないよ。」

 指から唇を離して、に、と口元を持ち上げる。

「………こっちの方が甘いからね?」

「―――っっ!」

 絶句する将に構わず、唇にキスを落とした。






END



 こんな中学生いたら嫌だな…(何を今更)。とりあえず翼さん、傷はキチンと消毒しましょう。

 最後まで読んでくださってありがとうございました!

雛谷(20031109)